コラム

真田の聖地ー長野県上田

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六文銭と葵のご紋

前回は真田幸村の郷、真田郷をご紹介しましたが、今回はもう少しJRの上田駅寄りの上田市にスポットを当ててみましょう。上田駅と言えば、東京駅から北陸新幹線で1時間20分ほどのところにあります。真田の聖地である長野県上田市は、上田城を中心とした城下町で街全体に渡って真田家に関係する名所が点在しています。

上田駅から歩いて30分ほどのところに海禅寺(かいぜんじ)があります。真言宗智山派の寺院で元は開善寺と言う名前でした。真田家が上田城を建築する際に開善寺は城の鬼門(東北)へと移築され、その時に海禅寺と改称されました。それ以来、上田の城下町を鎮護する役目を担っています。現在では人形供養のお寺としても有名で、毎年11月23日の勤労感謝の日には人形供養の会が行われています。

海禅寺の近くにある大輪寺(だいりんじ)は、昌幸の正室である寒松院(かんしょういん)(山之手殿)のお墓がある禅寺です。寒松院と言えば、信之、信繁の実の母親にあたります。海禅寺と同様に上田城の鬼門除けとして再建されました。このことは寒松院の発願によるのだそうです。周囲にはお堀がめぐらされていて、とても美しい入母屋造りの寺の山門は堂々とした立派な造りをしています。境内には寒松院のお墓の他にも江戸時代の俳人である加舎白雄(かやしらお)の一族や幕末の画家であり教育者でもある山本鼎(やまもとかなえ)の墓もあります。

信之の妻である小松姫が静かに眠っているのが芳泉寺(ほうせんじ)です。こちらは上田駅より歩いて15分ほどのところにあります。常福寺と言うのが旧称ですが、仙石忠正が上田城城主となった時に芳泉寺と改名されました。墓所の門や境内には、六文銭と葵のご紋が並んで配されています。葵のご紋が配されているのは、小松姫が家康の養女であったためと思われます。仙石家の霊廟も建っています。

上田駅からしなの鉄道線で一駅行ったところにあるのが信濃国分寺駅ですが、その駅から5分ほどの場所に信濃国分寺があります。奈良時代に聖武天皇が全国に国分寺を建てましたが、ここもその国分寺のひとつです。1600年に徳川方の使いとして出向いてきた信之と信之の義兄にあたる本多忠政のことを、当時上田城に籠城していた昌幸、信繁親子がこの寺へと迎え入れて会談を行ったとされています。この時、昌幸は表向きは徳川方の申し入れを受け、降伏すると見せかけておきながら、裏では着々と徳川軍を迎え撃つ準備を進めていたのだと言われています。境内にある三重塔は、国の重要文化財に指定されていて、上田市の有数の観光名所となっています。

上田市では毎年四月に上田真田まつりが行われます。街全体が真田一色に染まる上田市にとっては最大とも言える一大イベントです。上田城を中心にさまざまなパフォーマンスが取り行われます。鉄砲隊の演武や上田の獅子舞、陣太鼓など見どころは満載です。赤い甲冑を身にまとった真田一族と家臣たちによる武者行列が街を練り歩き、また真田軍と徳川軍の決戦劇も街の中央で繰り広げられます。

上田城

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