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哲学の道2

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安楽寺

四季折々の自然の景観を楽しみながら散策できる京都でもっとも人気の高いコースとも言えるのが、前回もご紹介した哲学の道です。南禅寺から銀閣寺へと続くその道のりは、新緑の季節から桜の季節、青々と茂る緑から紅葉へと移り変わるその時々に季節を感じることができます。哲学の道沿いには数々の寺社が存在しています。

哲学の道を途中、寺ノ前橋を東の方向に渡ったところに霊鑑寺があります。臨済宗南禅寺派の尼門跡寺院(にもんぜきじいん)である霊鑑寺の入り口には、「後水尾天皇創建 谷の御所霊鑑寺門跡」と刻まれた石碑が建っていて、その先の石段の向こうに閉ざされた山門があります。1654年に天台宗の寺院として創建されました。開山は後水尾天皇の皇女多利宮(たりのみや)(浄法身院宗澄(じょうほっしんいんそうちょう))です。当時は現在地より南の渓流に沿ったあたりに位置していたため、谷の御所または鹿ヶ谷比丘尼御所(ししがたにびくにごしょ)などと呼ばれていました。如意輪観音を本尊としていますが、これは南北朝時代に衰退してしまった大文字山山麓の寺院の旧仏であったと言われています。1687年に後西天皇の旧殿を賜って現在地に移りました。書院には狩野永徳、元信らの作である四季花鳥図の襖絵があります。上下二段に分かれた庭園は、上段がコケの庭、下段が主庭園となっていて、ツバキやサクラ、ウメなどの花々が春には美しく庭園を飾っています。

霊鑑寺から少し北に向かうと、そこにあるのが安楽寺です。正式には住蓮山安楽寺(じゅうれんざんあんらくじ)と言う浄土宗の寺院です。この寺にまつわる悲話が伝えられています。法然の弟子であった住蓮と安楽が今の地よりも東の方角の山の中に念仏道場を開いていました。多くの参拝者がここを訪れていましたが、後鳥羽上皇の女御の松虫と鈴虫もその中にいました。そして、二人はそこで尼僧になってしまったのです。若く美しい上に教養も高かった松虫と鈴虫は後鳥羽上皇のお気に入りでした。そのため、二人が出家してしまったことを知ると後鳥羽上皇は大変ご立腹されて、住蓮と安楽を断首の刑に処してしまいます。法然に対しても讃岐への流罪を言い渡しました。承元の法難と呼ばれるものです。それからしばらくは後鳥羽上皇による弾圧が続き、念仏道場は荒廃していましたが、江戸時代中期ころ、1681年になってから住蓮と安楽の菩提のために、現在の地に本堂などの伽藍を建立しました。境内には、本堂の向かいに住蓮と安楽の五輪石塔があり、細い道の奥には松虫と鈴虫の小さな五輪石塔が立っています。

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